ライオン靴クリーム本舗 其の二
第一回
コンクリート打ちっぱなしの壁をそのまま使ったお洒落なカフェのようなショールームで、さっそくワレワレの目についたのが、ズラリと展示されているガチでレトロな品々である。
創業当時の『ライオン靴クリーム本舗』の宣伝用のホーロー看板や、ライオンのイラストが描かれた昔の商品パッケージや、古いアルバムや写真の数々。もうアータ、どれもエモくて、ひとつひとつ見ていたらそれだけで時間がつぶれちゃう。
そういえば、雑誌の『Begin』の連載で綿谷画伯と香川県の老舗足袋メーカーの『フクスケ』の工場見学に行った時も、ショールームに昔の福助の足袋のホーロー看板や昔の商品のパッケージが展示されていて、ちょっとした昭和のレトロ博物館だった。
『ライオン靴クリーム本舗』も創業1910年である。こういうガチでレトロなエモいお宝がちゃんと残っているのも老舗ならではの強みですよね。
「そう言ってもらえるとショールームを作った甲斐があります。私が社長に就任した時に倉庫を整理していたら、こういった昔の古いモノが沢山あったんです。これはもったいないな、何かに使えないかなと考えて、弊社の歴史を知ってもらうのにいいと思いまして、飾ってディスプレイしてみました」
綿谷画伯が「へー、こんなの初めて見ました」と言って目についたのが、自衛隊の軍用ブーツと自衛隊のイーグルのマークが入った靴クリームを展示したショーケース。
おー、「規律は靴から始まる。靴を磨くことは、ただの整備ではない。任務に臨む前の心を整える所作であり、自らの誇りを確認する儀式でもある。」と書かれている。
なんと『ライオン靴クリーム本舗』は昔から自衛隊で使用している専用靴クリームも作っていて、駐屯地のコンビニで販売されているんだそうだ。
創業当時の『ライオン靴クリーム本舗』の宣伝用のホーロー看板や、ライオンのイラストが描かれた昔の商品パッケージや、古いアルバムや写真の数々。もうアータ、どれもエモくて、ひとつひとつ見ていたらそれだけで時間がつぶれちゃう。
そういえば、雑誌の『Begin』の連載で綿谷画伯と香川県の老舗足袋メーカーの『フクスケ』の工場見学に行った時も、ショールームに昔の福助の足袋のホーロー看板や昔の商品のパッケージが展示されていて、ちょっとした昭和のレトロ博物館だった。
『ライオン靴クリーム本舗』も創業1910年である。こういうガチでレトロなエモいお宝がちゃんと残っているのも老舗ならではの強みですよね。
「そう言ってもらえるとショールームを作った甲斐があります。私が社長に就任した時に倉庫を整理していたら、こういった昔の古いモノが沢山あったんです。これはもったいないな、何かに使えないかなと考えて、弊社の歴史を知ってもらうのにいいと思いまして、飾ってディスプレイしてみました」
綿谷画伯が「へー、こんなの初めて見ました」と言って目についたのが、自衛隊の軍用ブーツと自衛隊のイーグルのマークが入った靴クリームを展示したショーケース。
おー、「規律は靴から始まる。靴を磨くことは、ただの整備ではない。任務に臨む前の心を整える所作であり、自らの誇りを確認する儀式でもある。」と書かれている。
なんと『ライオン靴クリーム本舗』は昔から自衛隊で使用している専用靴クリームも作っていて、駐屯地のコンビニで販売されているんだそうだ。
すると谷口さんが、「まだ下駄や草履を履いていた日本で最初に靴クリームが広まったのは明治時代です。実はきっかけは日露戦争なんです。兵隊が軍靴を磨くことから靴クリームの需要が広まったんですね。弊社ができたのはその頃です」と話してくれた。
ちなみに社名はなぜ「ライオン」かというと、当時、上野動物園にドイツからライオンが初めてやって来て、当時まだ珍しくて大人気になり、そこから名付けたのである。
だからこの頃に創業した老舗メーカーはライオンという社名が多いのだ。ナルヘソ~。
「当時パンダが贈られて来ていたら、ひょっとしたら弊社はパンダ靴クリーム本舗という社名になっていたかもしれません(苦笑)」
谷口弘武さんが『ライオン靴クリーム本舗』を興した家業の『谷口化学工業所』に入社したのは、2017年。それまでは、なんと谷口さんは基幹システムを扱うIT企業の営業職だったのだ。
2021年に父親の後継者として5代目社長に就任する。
「家業を継いでとにかく感じたのは、私の父、祖父、曽祖父、その前の代からずっと変わっていない会社の風土でした。
今どきカタログやHPも無いのには愕然としました。弊社の歴史や商品の靴クリームをみていただければおわかりのとおり、こんなにいいモノを作っているのに、親父たちは『いいモノづくりをしていれば必ず光が射す。
こういうことは人に言ってもらうものであって自分たちでいうものではない』と言って、自らは何も発信していなかったんですね。
その結果、売り上げはじりじりと減少しているのに、何ら対策を打たずにそのまま経営を続けていました」
そこで谷口さんが取り組んだのが、創業以来何十年と変わっていなかった、商品のラインナップや、価格や、販売方法の大改革である。
最初は、職人さんたちにひよっこ扱いされて相手にもされなかった谷口さんだったが、それでもHPやカタログ、ショールームを作って、自社製品を知ってもらおうとSNSで積極的に情報を発信。すると状況は徐々に変わり始めて、『ライオン靴クリーム本舗』は日本最古の靴クリームメーカーとして社名を知られるようになってきた。
さらに、谷口さんはそれまで靴の隣に並べられて何となく買ってもらっていた靴クリームの在り方を根本から見直して、靴磨きを趣味や嗜みのひとつとして提案。本格革靴にこだわるユーザー層に向けた高価格帯の新商品「ライオンシリーズ」を発売する。
ライオンシリーズは靴好きの間で話題になり、メディアでも取上げられて、いまや『ライオン靴クリーム本舗』の主力商品である。
他にも、サスティナブルと環境保全をコンセプトに北海道産のエゾシカ脂を採用した「自然から作ったレザーケアシリーズ」や、靴クリームメーカーのノウハウを活かして開発したDIY専用木材塗料「クロマニョンペイント」などなど。
日本最古の靴クリームメーカーの若き5代目社長として、谷口さんはニッチな市場の靴クリーム業界で続々と新しい取り組みにチャレンジしているのだ。
御社と同じように、ニッチな市場の靴下業界で続々と新たな取り組みにチャレンジしている『西村靴下商店』の大番頭モロさんが、厚い胸板で熱く語る谷口さんに激しく共感して、ちょっと目頭が潤んでます……。
すいません盛ってしまいした。ウソです。
次回、ワクワク工場見学へ・・・!
ちなみに社名はなぜ「ライオン」かというと、当時、上野動物園にドイツからライオンが初めてやって来て、当時まだ珍しくて大人気になり、そこから名付けたのである。
だからこの頃に創業した老舗メーカーはライオンという社名が多いのだ。ナルヘソ~。
「当時パンダが贈られて来ていたら、ひょっとしたら弊社はパンダ靴クリーム本舗という社名になっていたかもしれません(苦笑)」
谷口弘武さんが『ライオン靴クリーム本舗』を興した家業の『谷口化学工業所』に入社したのは、2017年。それまでは、なんと谷口さんは基幹システムを扱うIT企業の営業職だったのだ。
2021年に父親の後継者として5代目社長に就任する。
「家業を継いでとにかく感じたのは、私の父、祖父、曽祖父、その前の代からずっと変わっていない会社の風土でした。
今どきカタログやHPも無いのには愕然としました。弊社の歴史や商品の靴クリームをみていただければおわかりのとおり、こんなにいいモノを作っているのに、親父たちは『いいモノづくりをしていれば必ず光が射す。
こういうことは人に言ってもらうものであって自分たちでいうものではない』と言って、自らは何も発信していなかったんですね。
その結果、売り上げはじりじりと減少しているのに、何ら対策を打たずにそのまま経営を続けていました」
そこで谷口さんが取り組んだのが、創業以来何十年と変わっていなかった、商品のラインナップや、価格や、販売方法の大改革である。
最初は、職人さんたちにひよっこ扱いされて相手にもされなかった谷口さんだったが、それでもHPやカタログ、ショールームを作って、自社製品を知ってもらおうとSNSで積極的に情報を発信。すると状況は徐々に変わり始めて、『ライオン靴クリーム本舗』は日本最古の靴クリームメーカーとして社名を知られるようになってきた。
さらに、谷口さんはそれまで靴の隣に並べられて何となく買ってもらっていた靴クリームの在り方を根本から見直して、靴磨きを趣味や嗜みのひとつとして提案。本格革靴にこだわるユーザー層に向けた高価格帯の新商品「ライオンシリーズ」を発売する。
ライオンシリーズは靴好きの間で話題になり、メディアでも取上げられて、いまや『ライオン靴クリーム本舗』の主力商品である。
他にも、サスティナブルと環境保全をコンセプトに北海道産のエゾシカ脂を採用した「自然から作ったレザーケアシリーズ」や、靴クリームメーカーのノウハウを活かして開発したDIY専用木材塗料「クロマニョンペイント」などなど。
日本最古の靴クリームメーカーの若き5代目社長として、谷口さんはニッチな市場の靴クリーム業界で続々と新しい取り組みにチャレンジしているのだ。
御社と同じように、ニッチな市場の靴下業界で続々と新たな取り組みにチャレンジしている『西村靴下商店』の大番頭モロさんが、厚い胸板で熱く語る谷口さんに激しく共感して、ちょっと目頭が潤んでます……。
すいません盛ってしまいした。ウソです。
次回、ワクワク工場見学へ・・・!